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130年前からあった!歴史が深い学校給食の今昔物語

投稿者:
オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:
管理栄養士 黒沼祐美(くろぬまゆみ)

2019年1月23日

学校給食は、多くの日本人が食べてきた食事のひとつ。クジラの竜田揚げ、揚げパン、ソフト麺など、世代によって懐かしのメニューも違い、その歴史の深さがうかがえる。さらに遡ってみると、かなり古くから給食が導入されていたことが明らかに!

1. 学校給食の歴史

学校給食のはじまり

学校給食がはじめて登場したのは、明治22年。今からなんと130年も前のことである。この年は、大日本帝国憲法が制定された年でもある。はじまりは、貧困児童への救済措置として実行されたようだ。当時のメニューはとてもシンプルなもので、おにぎりと焼き魚、漬物だったという。

徐々に広がる給食

その後も各地で、貧困児童への給食の無償提供が行われる。国として奨励されたのは、大正時代に入ってからのことだ。ただ、この頃の給食はすべての児童にというわけではなく、貧困児童に限ったものであった。すべての児童に栄養的な給食が供給されるようになったのは、昭和に入ってからのことである。ただ当初は大都市圏だけであった上、戦争激化により、学校給食は廃止を余儀なくされた。

戦後の給食

全国の児童に対し、給食が配給されるようになったのは戦後の昭和22年。日本は食糧難に喘いでいたが、ユニセフや米国からの寄与で給食を賄うことになる。その後、昭和29年に学校給食法が制定され、ここでようやく今の給食に繋がる道がひらけたのだ。ただ、このころの給食は米ではなく、パンがメイン。これに脱脂粉乳とおかずという構成だった。米が推進されるようになるのは昭和後期からなので、ここ30年ほどのことになる。

2. 学校給食の懐かしメニューあれこれ

父母世代は?

自身の親世代であれば、クジラの竜田揚げと脱脂粉乳と聞くと学校給食を思い浮かべることだろう。これにコッペパンがついた献立が広く食べられていた。脱脂粉乳は決して美味しいものではなかったそうだ。

ソフト麺

ラーメンとパスタとうどんのちょうど中間のような食感こそ、ソフト麺の真骨頂。30〜40代の読者であれば、知っている人も多いことであろう。ちゃんぽんであったり、ミートソースであったり、さまざまなメニューになって登場するところも特徴である。あのなんともいえない食感は、ほかでは味わうことができない。地域性のあるメニューだったようで、関西では導入されなかったところもあるそうだ。

揚げパン

油で揚げたコッペパンに、きな粉や砂糖をまぶしたもの。これが主食だったのだから、今考えるとなかなか面白い。これは好き嫌いが分かれるメニューでもあった。揚げパンは、今でも広く食べられているメニューである。そのほかにも冷凍みかん、ポークビーンズ、カレーライスなども懐かしいメニューとしてよく挙がる。

3. 今どきの学校給食

国産食材と伝統食

米が導入されてからは、国産の食材を使った日が設けられる、節句などにまつわる伝統食を提供するなど、これまでの洋食メインから和食メインにシフトチェンジがなされた。現在の学校給食では、健康保持促進の観点から栄養面もしっかりと計算されている。

バイキング給食

バイキング給食とはその名の通り、バイキング形式で提供される給食のこと。随時ではなく、クリスマスや七夕などのイベントごとなど、単発的に行われるケースが多い。すべての料理がバイキング形式の場合と、主菜だけなど限定的な場合とある。取り過ぎない、みんなのことを考えるなどの知識を身につける、食事の楽しさを感じるといった目的があるようだ。

朝ごはん給食

近頃では、朝ごはんを食べてこない児童へ提供する「朝ごはん給食」も話題にあがっている。これは特定の自治体で行われているもので、朝ごはんを食べてこない児童やなんらかの事情で食べることができない児童にふるまわれるもので、内容も自治体によってさまざまだ。朝ごはんを食べることで授業に集中できる、イライラしない、朝ごはんのイメージ向上などの効果を狙ってのことだという。

結論

学校給食が130年も前に誕生していたとは驚きであったが、時代を色濃く反映しているその内容にも、興味深いものがある。地域性もあるので、自分の食べてきた給食をパートナーや同僚と話してみるのも面白いかもしれない。

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