このサイトは、画面を 
縦にしてご覧ください。

ベートーベンの幼少期!1人で一家の家計を助けていたってホント?

投稿者:ライター 長末初音(ながすえはつね)

2019年9月19日

バッハ、ブラームスと並ぶ、ドイツ生まれの偉大な作曲家ベートーベン。「楽聖」とも称される彼は、2020年に生誕250周年を迎える。100年近く続いた古典派音楽をまとめ上げた彼の音楽は、後世に生きる私たちをも感動させるが、なぜ未だに大きな影響を与え続けるのか。その生涯に触れる。

1. ベートーベンとは?

ベートーベンの生誕

本名ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、1770年12月17日、ドイツのボンにて、父ヨハンと母マリアの次男として生を受ける。

幼い頃から音楽の才能を発揮したベートーベンは7歳でピアニストデビュー。12歳で宮廷オルガニストだったネーフェの弟子となる。13歳で宮廷音楽家となったベートーベンは、アルコール依存症の父と家族を養いながら音楽と向き合う苦悩の日々を送った。

ベートーベンは、22歳でウィーンへ出て、ハイドンに師事する。25歳のときに処女作品「ピアノ三重奏曲」を発表する。ウィーンでは即興ピアニストや作曲家として人気を集め、貴族から支持されるようになった。

ベートーベンを襲った難聴

20代後半、苦悩の少年期を乗り越え、音楽家としての生活も順風満帆とも思われたベートーベンに襲い掛かったのが「難聴」だった。音楽家にとって命とも言える聴力を失ったベートーベンは、一時、死をも考えていたが、それから劇的な復活を遂げる。

いまやベートーベンの代名詞ともいえる作品「交響曲第5番 運命」は聴力を失してから作られたものだ。それからもロマン派音楽の先駆けとなる作品を次々と発表し、1827年、56歳で他界した。

2. ベートーベンの幼少期

どんな幼少期を過ごしたらベートーベンのような人材になるのか、気になる方も多いのではないだろうか。実はベートーベンは、父から虐待に近いレッスンを受けていたことでも知られている。

幼少時、家計を支えていたのは宮廷音楽家の祖父であった。祖父が亡くなると、音楽家として大成しなかった父親のもとで家族は困窮するようになる。

おりしもモーツァルトが一世を風靡していた時代。父はベートーベンを「第2のモーツァルト」に仕立てるべく、英才教育を施したのである。英才教育といっても、酔っぱらった父に叩き起こされてのレッスンなど、指導は苛烈なものだった。

いまの時代では考えられないような指導を受け入れ、作曲の才能を発揮したベートーベンは、一家の家計を支えるようになったのである。

3. ベートーベンの功績

ベートーベンの功績は「残した音楽そのもの」といえるが、実は音楽家の地位を高めた点でも、その働きは大きい。

ベートーベンが生きた時代、音楽家は貴族をパトロンとし、貴族好みの音楽を書いていくのが生きる道だった。しかし、ベートーベンはこの働き方をよしとせず、自分でチケットを売って演奏会を開催し、作った音楽を貴族へ持ち込んで買ってもらうという独自のビジネス方法で生活したのだ。

「音楽家はパトロンがいれば安泰」と思われていたこの時代、パトロンを得るのが企業への就職であるとするならば、ベートーベンのやり方はフリーランスの働き方のようだ。そんなやり方をしていた理由は、パトロンを得て稼がせようとしていた父への反発だけでなく、「そのやり方が時代遅れになる」と察していたからだともいわれている。

ベートーベンは楽譜出版でも成功し、国を超えて評価を得るようになる。その後、貴族との間に収入や創作環境を保障してもらう「スポンサー契約」を締結。「雇われ音楽家」が普通だった世の中で音楽家の地位を高めたのである。

音楽家が貴族と対等な地位で活躍するようになったことは、ベートーベンの功績の一つといえよう。

4. 「遺書」からわかる、絶望から復活を遂げたエピソード

苦難が襲う人生のなか、多くの功績を残したベートーベンのエピソードといえば、難聴からの復活劇を語らずにはいられない。ベートーベンの耳は、20代後半から聞こえにくくなりはじめ、30歳になる頃にはほとんど聞こえなくなってしまった。

ベートーベンが32歳のときに記した「ハイリゲンシュタットの遺書」からは、「もう少しで命を絶つところだった」という絶望の心情をうかがい知ることができる。しかし、この遺書の本意は自殺の暗示ではない。「芸術音楽に対する使命感」なのである。

遺書のなかで「自分の使命である芸術を成し遂げずには死ねない」という内容を語ったベートーベンは、これを契機に1804年から1814年まで10年間で「傑作の森」と呼ばれる楽曲を次々と製作。難聴と向き合って音楽を追求したからこそ迎えた「黄金時代」には、いまなお心を動かされるファンが多い。

結論

ベートーベンの生涯は、まさに激動の一生であった。「気難しい」「かんしゃく持ち」という評価もあるベートーベンだが、無類のワイン好きで、ゲーテを愛したという側面もある。音楽家の地位を高めたベートーベンはどんなふうに生活し、どんなふうに毎日を楽しんだのか。生誕250年を機に、親子で語り合ってみるのもいいのではないだろうか。
\この記事をシェアする/    
\この記事をシェアする/    
  • Facebook
  • Twitter
  • Hatebu
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

おすすめ記事

ページトップへ ページトップへ