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メキシコ発の薩摩に伝わり「さつまいも」!?その歴史と語源とは。

メキシコ発の薩摩に伝わり「さつまいも」!?その歴史と語源とは。

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

鉛筆アイコン 2020年2月14日

さつまいもは皆さんお馴染みの食材だと思います。でもどうやって日本に伝わってきたかどうしてその名前かなど意外と知らないことが多いと思います。今回はさつまいもについて詳しくお話して行きます。

  

1. さつまいもの歴史と原産地

さつまいもの種類はヒルガオ科のサツマイモ属の植物です。芋の部分は食べられて、でんぷんや焼酎の原料にされています。さつまいもはどこで誕生して、さつまいもはどこから来たのでしょうか?

さつまいもはアメリカのメキシコで生まれました。紀元前800~1000年に中央アンデス地方でさつまいもが作られていました。紀元前1000年~1300年頃にペルー遺跡で土器が発見されてさつまいもの形をしていました。

さつまいもを乾燥した根っこや葉っぱ、花などを描いた綿の布も見つかっています。15世紀の終わりにコロンブスがアメリカから持って帰ったと言われています。

しかし、涼しい気候が合わなくて作るのに不適当でした。東南アジアに、スペイン人やポルトガル人が持って行って広めました。

そして中国へ広がり、アメリカからポリネシアの島へと広まりました。暖かい気候がさつまいもが育つには絶好の環境でしたので、さつまいもがさらに世界中に広まりました。

2. さつまいもの語源

さつまいもは1600年頃、中国福建省から日本へ来ました。1597年に宮古島に伝わって、1607年琉球に伝わり、1614年頃薩摩に伝わりました。さつまいもという名前ですが、どうしてこの名前になったのでしょうか?

それは、薩摩に伝わったことによって付いたのです。その他には、甘藷(かんしょ)、中国から来たので、唐芋(とういも、からいも)、沖縄から伝わったので琉球芋とも呼ばれています。

3. さつまいもの日本への伝播の背景 歴史的背景

■関東では青木昆陽が広める

さつまいもが伝わって来た場所ではすでにさつまいもが作られていたのですが、関東では青木昆陽が蕃薯考(ばんしょこう)で救荒作物として普及して行きました。青木昆陽というのは、1698年6月19年生まれです。

江戸中期に幕臣御家人と書物奉行、儒学者、蘭学者です。救荒作物というのは、稲や麦などの作物が不作の時の為に備えて作られる作物のことです。

蕃薯考というのは、江戸中期の農書1735 年(享保20年)に救荒作物としてさつまいもの栽培法や貯蔵法などを記したものです。救荒作物というのは、稲や麦などの作物が不作の時の為に備えて作られる作物のことです。

■8代将軍吉宗が飢饉に備える為 さらに栽培を広げる

江戸幕府の8代将軍であった徳川吉宗は西日本で栽培されていたさつまいもを飢饉の時に救荒作物として栽培することを命じました。

試作された場所は、上総国山辺郡不動堂村と下総国千葉郡馬加村小石川薬園で両方とも今の千葉県で山武郡九十九里町と花見川区幕張です。

享保の大飢饉が起きてからは関東地方や離島でも作られました。享保の大飢饉とは1732年(享保17年)の秋から次の春に長く雨が続いたり、イナゴやウンカが大量に発生して近畿や中国や四国などで稲が被害を受けてしまったのです。

ウンカとはセミに似た小型の昆虫で、口の中にある細長い口の針で植物を刺して汁液を吸います。米の値段は4倍から5倍に上がって、飢えが原因で亡くなった人は200万人いました。

■飢饉とさつまいもの歴史は密接に絡み合い

それからさつまいもの栽培が普及しました。天明の大飢饉が起きた時にさつまいもがたくさんの命を救ったのです。天明の大飢饉とは、1782年~1787年(天明2年~天明7年)に主に東北で起きた飢饉のことです。

1783年(天明3年)に岩木山と浅間山が噴火、アイスランドのラキ火山も噴火して火山灰が降りました。エルニーニョ現象が原因で冷害になりました。日射量が低下して農作物に被害を与えたのです。

エルニーニョ現象は世界各地の気候も関わっているので、平年よりも気温が高くなったり低くなったり、雨の量が増えたり減ったりしてしまいます。次の年は大飢饉になって東北地方の農村を中心として被害が出て、全国で約2万人が餓死しました。

江戸四大飢饉の1つで日本の近世の一番大きい飢饉です。江戸四大飢饉とは4つの飢饉の事です。

まず1つ目は、寛永の大飢饉で、1642年~1643年(寛永19年~20年)に主に東日本や日本海側で虫害、洪水、大雨、霜、などの異常気象が原因で起こった大飢饉です。

2つ目は、享保の大飢饉で1732年(享保17年)に中国地方や四国の瀬戸内海周辺と九州で起きて冷夏と虫害が原因です。

3つ目は、天明の大飢饉です。

4つ目は、天保の大飢饉で1833年~1839年(天保4年~天保10年)に東北、陸奥そして出羽国で起きて大雨、洪水、冷夏が原因で稲刈りの時に雪が降りました。

結論

普段何気なく食べているさつまいもですが、薩摩に伝わったことでさつまいもという名前になったのですね。メキシコ生まれで中国福建省から日本へ伝わってきました。関東地方でもさつまいもの栽培が盛んな地域がありますが、青木昆陽が広めました。

そして大飢饉が起きた時にたくさんの人の命を救ったということが判りました。さつまいもに助けられたと思うと食べる時に感謝をしながら食べたいものですね。
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  • 公開日:

    2017年9月 1日

  • 更新日:

    2020年2月14日

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