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種子島からポルトガルに渡った柿(KAKI)の歴史とは!?

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

2017年11月10日

多くの植物は「外国⇒日本」だが、柿は「日本⇒外国」にわたり「KAKI」として親しまれている。日本の果物がどのようにして世界に渡ったのか。日本の柿の歴史についてひも解き、外国に渡った柿について解説しよう。

1. 柿とはどんな植物?

柿は、学名を「Diospytos kaki」として、カキノキ科カキノキ属に分類される高木性の落葉果樹だ。世界に分布するカキノキ属の植物は約500種にもなるといわれる。大部分が熱帯、亜熱帯に分布し、温帯地域に分布している種は数類しかない。ちなみに、カキノキ属に属する植物には、コクタン(黒壇)がある。
英名は「Japanese persimmon」であるが、伊名は「cachi」、仏名は「kaki」として、いずれも「カキ」の発音を残している。ブラジルでは「caqui」とよばれている。
柿の主な生産国は、中国・韓国・日本など(FAO(国際連合食糧農業機関)の統計データによる)。ブラジル・イタリア・フランスでも栽培される。
黄色の色素成分であるクリプトキサンチンや、赤色の色素成分であるリコピンを含み、抗酸化物質であるタンニン(シブオール)が豊富。タンニン(シブオール)は渋み成分であるが、口の中の舌にある渋みを感じる器官と渋がふれない不溶性の形で含まれている柿を甘柿とよぶ。渋柿は、湯やアルコール、炭酸ガスなどを利用して「渋抜き」をする。
柿は樹齢400年以上になっても実を生らせることができるともいわれている。

2. 日本における柿の歴史

諸説あるが、柿は中国原産で、弥生時代以降に大陸からもたらされた説や、大きな品種は少なくとも奈良時代ごろ中国から渡来してきたという説が有力とされている。
古文献である『古事記』や『日本書紀』などにおいても、地名、人名として「柿」は多数記述され、日本最古の薬物辞典である平安時代『本草和名』では果樹として「加岐」と書かれていることから、このころには既に栽培品と野生種の区別があったことが推察されるという。
さらに、平安時代の古代法典である『延喜式』には、祭礼の菓子類として熟柿子および干柿子があげられていたことから、柿は宮中でも栽培されていたともいわれる。
品種的な発展がみられるのは江戸時代中期になってから。『毛吹草』には、柿の名産地と品種名があげられており、柿の品種や脱渋法、加工乾燥法などの大要や、接ぎ木などの栽培方法などが、さまざまな書物に記述されている。
現在では、「富有柿」「次郎柿」といった甘柿と、「平核無柿」「刀根早生柿」といった渋柿の4種類が主流であり、全国では1000以上の品種があるともいわれているが、古来の文献によれば、現在の品種の大部分は、だいたいにおいて18世紀には栽培されていることがわかるという。

3. 世界と柿

このように日本では柿が古くから発展し栽培されてきたが、もともと伝来してきたであろう中国においても、日本ほどには発達してこなかったという。
世界での沿革を見ると、柿は、16世紀頃に南蛮貿易で日本と交易のあったポルトガル人によってヨーロッパに渡り、のちにアメリカ大陸に広まっていったという。またポルトガル領だったブラジルにも同様にして伝わったようだ。そのときに用いられたのは日本の品種である。そのため、前述したように世界でも「KAKI」とよばれるようになった。英名ではパーシモンと呼ばれることもあるが、パーシモンは「KAKI」と類似しているアメリカ現生の小さな柿の木のことを指す。
世界では、原産国ではなく、品種改良を経て発展を遂げてきた日本の果物であるというイメージが強いのであろう。
また、ヨーロッパでも出回る「シャロンフルーツ」とよばれるイスラエル産の種なし柿もあるが、イスラエルのシャロン地域で生産されたもののみがこの呼び名をつけることを許されている。
ちなみに、欧米では、日本のようにかための果実や干柿ではなく、皮が破ける手前まで熟させて甘くした柿を、スプーンですくって食べることが多いようだ。もしくはシャーベットにして食すようだ。

結論

日本で発展してきた柿は、ポルトガル人によってヨーロッパに渡り「KAKI」という世界の果物となった。ちなみに甘柿は突然変異による日本固有の品種である。柿にまつわる慣用句も数多くあり、日本人が古来から柿と親しんだことは感慨深い。
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