Point1
パスタを茹でる時に塩は必要なのか

パスタの茹で方としてよく紹介されている方法は、「たっぷりのお湯に少々の塩を入れる」というものだ。一人前(100g)の麺を茹でる場合には、1Lのお湯に10gの塩を加えたもの、すなわち1%の塩水で茹でるのが良いのだという。このように茹でることで、下味がつき、麺にコシが生まれるようだ。
とはいえ、これはどのように決められた数字なのだろうか。塩の濃度が1%よりも高かったり低かったりすると、パスタはどのような状態になるのだろうか。また、お湯が1Lよりも少ないと、何か問題は起こるのだろうか。条件を変化させてパスタを茹でてみて、その真偽に迫ってみた。
とはいえ、これはどのように決められた数字なのだろうか。塩の濃度が1%よりも高かったり低かったりすると、パスタはどのような状態になるのだろうか。また、お湯が1Lよりも少ないと、何か問題は起こるのだろうか。条件を変化させてパスタを茹でてみて、その真偽に迫ってみた。
Point2
塩の量を変えて検証

まずは塩の量を変えた実験を行った。1.6mmのパスタ100gを、1Lの沸騰したお湯で7分間茹でた。この際の塩の量を、0g, 1g 5g, 6g, 7g, 8g, 9g, 10g, 15gと変化させて、茹で上がりの違いを見た。その結果、次のことがわかった。
塩気の境界線は7gと8gの間
塩が0gの時の味を麺自体の味とした場合、1gや5gでは塩味よりも麺自体の味の方が目立っており、塩気はほとんど感じられなかった。6gや7gになると少々塩気が感じられ始めるものの、まだあまり主張してこない印象であった。8gになると、はっきりと塩味が感じられる、9g, 10g, 15gと増やすにつれて顕著にしょっぱくなった。下味をつけたい人は、最低8g以上の塩を入れるのが良さそうであった。
麺の弾力は7g以上、コシが出てくるのは9g以上
塩が0gの時は、ぐにゃっとしており、噛んだあとに歯にくっつくような噛み応えであった。塩を加えるにつれて、表面がつるつるし、麺に弾力が生まれた。麺の弾力は5g以上で感じられたものの、5gや6gではまだブチブチとした乏しい食感であった。7gを超えてくると、表面のつるつる感が増し、麺の1本1本が独立しているような舌触りとなった。プルプルとした弾力が生まれ始め、スムーズに噛み切れる印象があった。9gや10gでは、さらに弾力が増して硬くなり、コシが感じられた。なお、15gになると、やや硬すぎる印象があった。
実験から、下味は控えめに麺の歯ごたえだけを望む場合は7g、下味と麺のコシをしっかりつけるのであれば9g必要であることがわかり、10gよりやや少ない量でも塩の効果は期待できそうであった。ただ、小さじ5gの2杯分である10gは、実用性の面で、確かに理にかなっていると言えそうである。
Point3
お湯の量が変わるとどうなるか

「1%の塩水」という定説は正しいようであることが確認できたので、次は「たっぷりのお湯」が必要なのかを検証してみたい。先ほどと同じパスタを用いて、お湯の量を600mL, 800mL, 1000mL, 1200mLと変化させ、それぞれ塩を1%となるように加えて同様に茹でた。
その結果、お湯の量が減るにつれて、つるつる感には変化がないものの、ややベチョっとして歯切れの悪い食感になることがわかった。湯の量を減らすにつれて、塩の量が少ない時の状態に近づいていく印象を受けた。一方、お湯の量を増やした1200mLの仕上がりは、1000mLと大差がなく、コシがありスムーズに噛み切れる麺となった。食感の良い麺を茹であげるには、ある程度の量のお湯が必要そうだ。
Point4
パスタを茹でる現象を科学で説明すると?

「たっぷりのお湯」の必要性も確認できたところで、最後に、塩の役割と湯量の意味を、科学的に考えてみよう。
まずは、塩が少ないほどベチョっとしており、塩を加えるにつれて弾力が増した理由について。これは、パスタの原料である小麦粉に含まれるデンプンの「糊化」という現象が影響していると考えられる。デンプンは、95℃以上になると、粘り気を生じる糊化という現象を引き起こす。炊飯前は固かったお米が、炊き上がるともちもちしている状態をイメージしていただけると分かりやすいだろう。このデンプンの糊化の進行は、低濃度の塩分が存在する時に抑えられることが、これまでの研究でわかっている。ベチョっとした食感は、糊化により粘り気を生じたデンプンに由来するもので、塩を加えるにつれて糊化が抑えられ、それが改善されたのだろう。
また、麺の弾力やコシには、小麦粉に含まれるタンパク質である「グルテン」も影響している。グルテンは、パンの弾力を生み出している成分でもある。麺の中でグルテンは、網目状の構造をしており、熱を加えることで変性し、その網目が強固になる。塩は、グルテン同士の結びつきを強固にする働きがあるため、塩を加えるにつれて弾力やコシが増していったと考えられる。塩は、デンプンの糊化の抑制と、グルテン構造の強化を引き起こすことで、麺の食感をよくするのだと思われた。
次に、湯の量が必要な理由について考える。今述べたように、食感のよい麺を生み出すには、麺に塩が浸透して効果を発揮することが必要だとわかった。麺を茹でる時、水分は、水分の多い場所から少ない場所へ移動する。100gの麺に対して、湯量が多いほうが麺の周りの水分が多くなるため、乾燥した麺に移行するスピードが早くなると思われる。表面で吸収される水分が多いほど内部へ移動する水分も増えるため、麺全体に水分が行き渡ることが期待できる。水の移動よりも熱の移動のほうが早いので、熱を要するデンプンの糊化やグルテンの変性は、湯量が少なくても多くても引き起こる。しかし、塩を麺内部まで吸収させてその効果を発揮させるためには、麺が水を吸うスピードが鍵になってくるため、湯量が多いほうがよいのだろう。
結論
食感のよいパスタを茹でるためには、定説通り「たっぷりのお湯で少々の塩を入れる」ことが有効であることがわかった。塩の濃度は1%を基準に、ソースの味や舌の好みに合わせて調節するのが良さそうだ。塩の効果を十分に発揮するためには、100gに対して1L以上のお湯を使うことも忘れないようにしよう。
投稿者プロフィール
サイエンスライター
大嶋絵理奈(おおしまえりな)
大嶋絵理奈(おおしまえりな)

2015年、東京大学大学院総合文化研究科修士課程ならびに科学技術インタープリター養成プログラム修了。修了後は、味覚センサーを中心とする食品分析企業にてオウンドメディア『味博士の研究所』初代編集長を務め、月間150万PVを達成。現在は、製菓企業にてお菓子と科学のウェブメディア『OPENLAB Review』編集長を務めるほか、『科学雑誌Newton』を中心とするサイエンス記事の執筆を行っている。専門は分子生物学で、他には食品化学や認知心理学分野を得意とする。