1. 味噌の種類

味噌は原料、味、色によって、分けることができる。
原料による分け方
- 米味噌
大豆に米麹を加えて作ったもの。北海道から四国まで広い範囲で生産されている。日本で作られる8割が米味噌だ。 - 麦味噌
大豆に麦麹を加えて作ったもの。中国、四国、九州地方を中心に生産されている。原料である麦の粒を除くため、味噌汁を作る時は漉すことが多い。 - 豆味噌
大豆、塩だけで作ったもの。中京地方を中心に生産される。 - 調合味噌
3種類、2種類の味噌を混合したもの。米味噌、麦味噌、豆味噌以外の味噌を指すこともある。
味による分け方
味噌のパッケージを見ると、味の分類が書いてあることが多く、選ぶ際には便利だ。甘いほうから、「甘味噌」「甘口味噌」「辛口味噌」に分けられる。辛さは食塩の量にもよるが、「麹歩合」という大豆に対す米や麦の比率によっても変わってくる。麹歩合の高いほうが甘口になる。
色による分け方
できあがりの色によって、「赤色味噌」「白色味噌」「淡色系味噌」のように分けられる。原料の種類、大豆の調理法、麹の量、発酵の途中でかき混ぜるか、など色はさまざまな条件によって変わってくる。
2. 地域による味噌の違い

地域によって使われる味噌には、どんな違いがあるのだろうか。地域による特長とご当地味噌を紹介する。
北海道
明治時代の開拓の頃から味噌作りがはじまる。さまざまな出身地から集まった人々に対応してきたためか、万人に好かれる味。味噌をつかった北海道の定番料理には「石狩鍋」などがある。
- 北海道味噌:米味噌。色が薄めで塩分が控えめ、クセのない中辛口が特長だ。
東北地方
赤色で辛口の米味噌が主流。今も昔の国名や藩名がつけられるほど、味噌との関わりが深い地域。きりたんぽに塗ったり、味噌田楽にしたり、と親しまれている。
- 津軽味噌(青森):津軽三年味噌とも呼ばれる長期熟成型。
- 秋田味噌(秋田):米どころ秋田の米麹をたっぷり使っている。
- 仙台味噌(宮城):伊達政宗が御塩噌蔵を設けて軍糧として工業的に生産した。
北陸地方
かつて東北と関西の交流の要だったエリア。そのため、両方の特長を持った淡色で辛口の米味噌が主流に。その他、地域によっては赤味噌も多い。
- 加賀味噌(石川):加賀前田藩の軍糧用の味噌から生まれた赤色辛口の味噌。辛みが特長だ。
甲信越地方
東北と並び味噌が発展した地域。とくに長野県の信州味噌は日本一の生産量を誇る。淡色~赤色の辛口米味噌が主流。
- 越後味噌(新潟):精白した丸米を使うため、米粒が味噌の中に浮いているように見える。
- 信州味噌(長野):生産量日本一。淡色で辛口、ほのかに酸味のある香りが特長の味噌。
関東地方
北関東には、田舎味噌を呼ばれる辛口の麦味噌があるが、関東全体では、辛口の米味噌が主流。
- 江戸甘味噌(東京):しっかり蒸した大豆を使うため濃い赤褐色をしていて、米麹の割合が高いため濃厚な甘みに仕上がる。
東海地方
戦国時代から各武将が味噌を奨励したため、バラエティ豊か。静岡は米味噌だが、愛知、三重、岐阜では、豆味噌が作られた。
- 東海豆味噌(愛知、三重、岐阜):名古屋味噌、三州味噌、八丁味噌とも呼ばれる。名古屋の味噌カツなど名古屋名物を生んだ。濃厚なうま味と渋みが特長。
関西地方
白味噌で甘いのが関西の味噌の特長。調味料に使われることが多い。おしるこにも使われる。
- 関西白味噌:西京味噌とも呼ばれる。米麹歩合が高いためとても甘みがある。米の精米度を上げ、脱皮した大豆を使い、蒸さずに煮ることで白くなる。短期熟成型。
中国地方
瀬戸内海側では麦味噌。日本海側では淡色辛口、関西よりの瀬戸内海側は白色甘口の米味噌が作られる。
- 府中味噌(広島):関西白味噌、四国の讃岐味噌と並ぶ白甘味噌の代表。
- 瀬戸内麦味噌(愛媛、山口、広島):麦独特の香りを活かした、軽やかな甘みのある味噌。
四国地方
瀬戸内海側はやや白色、太平洋側は赤色と色に違いがある。甘口の米、または麦味噌
- 御膳味噌(徳島):名前の由来は、蜂須賀公の御膳に出されたことから。米麹歩合が高く、豊かな味わいが特長の赤色で甘口の味噌。
- 讃岐味味噌(香川):代表的な白色甘味噌のひとつ。ふくよかな味わいで調理用として使用されることが多い。
九州地方
麦味噌が主流だが、福岡県辺りでは米と麦の合わせ味噌が主流。
- 九州麦味噌:甘口ぎみで淡色から淡赤色の味噌。香りと甘みが強い。
3. 味噌の歴史

地域での味噌の発展には、戦国武将などの力も少なからず影響してきた。少しだけ味噌の歴史について紹介する。
味噌の起源(飛鳥~平安)
起源は中国の発酵食品「醤(ひしお)」や「豉(し/くき)」といわれている。飛鳥時代に日本へ伝わったという説が有力だ。平安時代に初めて「味噌」という文字が文献に現れる。今のように調味料として使うのではなく、食べ物につけたり、なめたりしていたようだ。庶民の口には入らない贅沢品だった。
庶民へ浸透(鎌倉~室町)
鎌倉時代には、すり鉢が使われるようになり、水に溶けやすくなったため味噌汁が登場した。室町時代には、農民たちも自家製の味噌を作るようになり、少しずつ庶民にも浸透。
戦陣食として発展(戦国時代)
味噌は貴重なたんぱく源で、干したり焼いたりすることで保存も可能。戦国武将たちは戦場への食糧に味噌を持ち、味噌作りを奨励した。
味噌文化の開花(江戸時代)
江戸の人口の増加にともない、味噌の需要も増加。地方から味噌を送ってまかなうほどに。味噌汁も庶民の味として定着していった。
結論
私たちの健康と美味しい食卓を昔から支えてきた味噌。昔はそれぞれの地域で作られた味噌を食していたが、現代では味噌売り場に全国の味噌が並び、気軽に選ぶことができる。料理によって使い分けても楽しい。