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甘い和菓子を食べて厄除け&健康招福!6月16日は「和菓子の日」

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 南城智子(なんじょうさとこ)

2018年9月21日

その起源は諸説あるが、平安時代にまで溯る「和菓子の日」。陰暦6月16日に菓子を供え食した行事がそもそもの始まりで、江戸時代まで続いていたという。暑い最中に甘いものをいただく日本の年中行事の歴史と由来にふれてみたい。

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1. 健康招福を願った「嘉祥」が起源

西暦848年(承和15年)の夏のこと。仁明天皇が疫病を除け健康招福を祈念するために、6月16日に16の数にちなんだ菓子、餅などを神前に供え、「嘉祥」と年号を変えた。以来、めでたいしるしという意味合いの嘉祥は菓子にまつわる年中行事として、室町時代を経て江戸時代まで、長い時を通じ継承されてきたという。徳川幕府では「嘉祥頂戴」の儀式があり、大名、旗本たちが大広間にずらりと揃い、将軍より菓子を賜ったそうだ。現代と違い昔は、甘いものは極めて貴重なもの。体力が落ちる夏に栄養価の高い菓子を食すことは、無病息災につながったのだろう。

2. 美味しい和菓子で厄祓いを

将軍から賜った菓子は、いったいどんなものだったか気になるところだが、江戸期は現代に通じるほどバラエティに富んだ菓子文化が花開いた時代だった。八代将軍吉宗が砂糖きびの栽培を諸国に奨励し、砂糖が普及するようになったことも要因。京都では高級和菓子が発展し、カステラなどの南蛮菓子も受け継がれ、庶民に人気の餅や団子も次々とお目見えした。
――羊羹、饅頭、飴細工、粟餅、桜餅、鹿の子餅、かりんとうなど、江戸時代に親しまれた菓子類は、今なお日常に溶け込むものばかり。16個揃えるのはちょっと無理でも、家族仲良く和菓子を食し、夏の暑さに備えるのも悪くない。

結論

近年、再び浸透しつつある、嘉祥―和菓子の日―。各和菓子店には、この時期だけの品も登場するので、ぜひ覗いてみよう。熱いお茶にうまい和菓子。これもまた男の密かな愉しみのひとつである。

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