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焼き鳥の定番ねぎまの「ま」の意味は?歴史や由来を紐解く

投稿者:
オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:
管理栄養士 渡邉里英(わたなべりえ)

2019年3月15日

「ねぎま」の「ま」はマグロの「ま」である。そう聞くと驚く人は多いのではないだろうか。鶏肉と鶏肉の間にねぎを挟んで焼くから「ねぎま」だと理解している人もいるだろう。なぜマグロが関係しているのか、ねぎまの歴史や由来に触れると、焼き鳥がさらに味わい深いものになるかもしれない。今回は、焼き鳥の定番ともいえるねぎまの意味や歴史、由来について探っていきたい。

1. 焼き鳥の歴史は平安時代から

居酒屋のメニューとしても一般的となっている焼き鳥だが、その歴史は古く、平安時代の書物に宴の料理「鶏焼物」として登場したことが確認されている。ただし、仏教が伝来した日本では長く肉食を禁忌とした時代が続き、とくに農耕に役立つ牛や豚などの家畜、同じく家畜であった鶏も食べることはなかった。そのため、焼いて食べる鳥といえば、キジやカモなどの野鳥、そしてスズメなどの小鳥が主流とされた。
「焼き鳥」に「鶏」の文字を使わないのも、焼き鳥に使う肉が野鳥や小鳥などの「鳥」が一般的だったことが理由として挙げられる。

・焼き「鶏」の普及は明治維新あとから

焼き「鶏」の歴史は明治維新とともに幕開けを迎える。日本に肉食の文化が到来し、鶏肉も食べられるように。ただ、この時代にはまだまだ鶏肉は高価な食材とされ、レストランなどの高級料理として提供されていたため庶民の口には入らない状況となっていた。そこで、レストランなどでは使われない鶏のガラやスジを使って串に刺して焼いたものを屋台で販売したところ、箸もいらず歩きながらでも食べられるとあって庶民に人気の下町グルメとして定着した。これが現在まで続く鶏肉を使った「焼き鳥」の歴史のはじまりといわれている。

2. 焼き鳥の定番メニューねぎまの由来

「ねぎま」の由来を探るために歴史を辿れば、江戸時代にまで遡ることができる。江戸時代、人々の間で人気の鍋料理があった。ねぎとマグロを一緒に煮たもので、「ねぎま」と呼ばれていた。これが焼き鳥のねぎまの由来と関係している。「マグロの鍋料理がどうして焼き鳥の由来に?」と疑問を抱く人もいるだろう。
鍋料理のねぎまが広まり、その後に簡略版としてねぎとマグロを串に刺して炙り焼きにした「ねぎまぐろ」が登場した。ねぎまぐろも人気となったものの、マグロが値上がりし高価な食材と化してしまった。そのため、マグロの代わりにキジやカモなどの鳥肉を使って焼いたことから、焼き鳥としての「ねぎま」が誕生した。マグロが鳥になっても「ねぎま」の名称が受け継がれて焼き鳥のメニューとして現在まで続いているのだ。なかなか興味深い経緯ではないだろうか。

3. 焼き鳥の代表格ねぎまの食べ方

ねぎまの食べ方を考える際にはもちろん、焼き鳥の各種串をいただく際には「タレ」と「塩」を選択する場面がある。基本的に焼き鳥は、塩はシンプルな味わいで、タレは醤油がベースとなった甘辛い味となっている。どちらを選ぶのかは食べる人の好みや素材との相性もあるが、素材の旨みをしっかり味わいたい場合には塩がおすすめだ。ただし、焼き鳥の種類によってはタレが合うもの、塩が合うものなど分かれることもあるため、迷ったらお店の人に提案を受けるのがよいだろう。

・ねぎまの肉とねぎは一緒に食べるのか

タレか塩かの選択以外にも、ねぎまの食べ方で悩むポイントがある。ねぎまの鶏肉とねぎを一緒に食べるのか否かというものだ。
炭火で焼かれた香ばしい鶏肉と焦げ目のついたねぎとを一緒に頬張るのもよし、鶏肉を味わったあとにねぎをいただいて口の中をさっぱりさせるのも捨てがたいものである。このねぎまの食べ方については永遠に答えの出ない嬉しい悩みとなるのではないだろうか。

結論

居酒屋でも一般的なメニューとして食べる機会のある焼き鳥だが、想像以上に長い間日本人に親しまれてきた料理だということが分かった。ねぎまの「ま」を意味するマグロとねぎを使った「ねぎま鍋」だが、一部のそば屋や料理店で提供されているようだ。話のタネに味わってみてはいかがだろうか。

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