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おでんは実は豆腐料理だった?1000年の歴史の秘密

おでんは実は豆腐料理だった?1000年の歴史の秘密

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 渡邉里英(わたなべりえ)

2020年3月23日

今やコンビニでも手軽に食べられる「おでん」。定番で安心できるコンビニおでんでも、最近ではつけダレや具に工夫があることが多い。おでんは地域色が強く様々な形に進化した歴史ある食べ物なのだ。実は元々ひとつの料理が3つに枝分かれした料理のひとつ。そんなおでんの歴史の秘密を紐解いてみよう。

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1. 1000年かけて進化した味

おでんは元々「田楽」という料理をルーツにしている。その始まりは大変古く、室町時代まで遡る。

豊穣祈願の舞が由来

日本では田植えの際、豊穣祈願の舞を平安時代より踊る歴史があった。この舞が「田楽」と呼ばれている。おでんの元祖は拍子木型に切った豆腐に竹串を打って焼いた「豆腐田楽」なのだが、これは踊りの田楽に使う道具に見た目が似ていたので名付けられたものだ。宮中に仕える女房の女房言葉で田楽に「お」をつけて略した結果、「おでん」という料理名が誕生したのだ。

江戸時代はファーストフード

おでんは室町時代までは串に刺した豆腐を焼いて味噌を塗ったものだった。これが江戸時代には豆腐の他にナス、サトイモ、こんにゃく、魚とどんどんバリエーションが増加。手軽に食べられるので江戸の屋台文化と融合して急激に広まっていった。屋台のおでんと熱燗は江戸でも大人気のスタイルだったようで、今のコンビニおでんのようにファーストフード化されていたのが面白い。

2. 関西で今のスタイルに

今のように汁気があって煮込むスタイルになる前は、おでんは焼いて味噌を塗るスタイルだったことになる。この形態は関西で更なる発展を遂げた。

こんにゃく田楽の登場

今では定番具材のこんにゃくだが、当初はやはり味噌を塗って焼いていた。それが、焼き上がりを待てないせっかちな江戸っ子たちの間で全て一緒に煮込んだ状態で提供するように変化し始める。それまで汁気が少なかったおでんも、明治時代には汁気たっぷりで煮込まれるようになった。

関西から逆輸入

大正期に入ると、関東の汁気たっぷりのおでんが関西へ伝わった。大阪などでは味噌だれの豆腐田楽と区別するため「関東煮(かんとだき)」と呼んだのだそうだ。今でも関西人はおでんのことを「かんとだき」と言う人がいる。味噌や濃いしょう油を嫌った関西人は、今のように淡い色の昆布やかつお出汁のおでんに改良。この改良おでんは、大正12年の関東大震災で関西の料理人が炊き出しとして振舞ったことで関東へ逆輸入される。こうして元祖おでんは、「味噌田楽」「おでん」「関東煮」と3つの料理に枝分かれしたのだった。

3. 家庭から世界へ

実はおでんが家庭料理になったのは昭和に入ってからだ。それまでは屋台や駄菓子屋のみで売られていた。

だしの素の開発

昭和20年代になると家庭用の「おでんの素」が開発され、更におでん種をパッケージ化した「おでんの具セット」が出回った。こうして家庭でも簡単に作れるようになったのだ。元々具の豊富なおでんだが、平成になってトマトやブロッコリー、ロールキャベツ、
冷やしおでんなど急速な多様性を見せている。

世界のおでん

日本生まれのおでんは海外でも特にアジアで大人気だ。韓国では「おでん」という呼び方のまま、ごま油と唐辛子入りしょう油をつけて食べる。台湾では少しなまって「オーレン」と呼び、なんと汁無しでケチャップ+砂糖+唐辛子のテンラージャンをつける。マカオではカレー風味のおでんになり、おでん横丁が出来る位人気なのだそうだ。

結論

様々な具やつけだれで実にバリエーション豊かなおでん。北海道では海鮮、名古屋では味噌だれ、沖縄では豚足が定番のようだ。
しかし、実はおでんのルーツは豆腐なのである。もしおでんに豆腐を入れるなら焼き豆腐がおすすめだ。今では中々食べない味噌田楽だが、おでんの元祖として機会があったらぜひ食べてみて欲しい。

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