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坂本龍馬の好物は本当に軍鶏鍋?時代の風雲児を徹底リサーチ!

坂本龍馬の好物は本当に軍鶏鍋?時代の風雲児を徹底リサーチ!

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 渡邉里英(わたなべりえ)

2020年4月21日

幕末の風雲児、坂本龍馬は日本史のなかでも非常に人気の高い偉人のひとりである。そんな坂本龍馬の好物と検索すると「軍鶏鍋」にたどり着く人も多いことだろう。しかし、これ、実証はどこにもない。なぜ「軍鶏鍋」が好物と呼ばれるようになったのかを探りながら、本当の好物についてリサーチしていこう。

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1. 坂本龍馬とは

265年続いた徳川幕府を倒すキーマンとなった人、それが坂本龍馬である。長く続きすぎたことで馴れ合いになり、弱体化。海外の言いなりになりつつあった当時の幕府から、主権を奪還し、天皇に戻すことを唱えたひとりだ。龍馬は幕府を倒すために入念な下準備を行うこととなる。そのなかで坂本龍馬は勝海舟に出会い、日本という国をこの先も守り、変えていくには、尊王攘夷論ではなく、開国、国防が必要なのではと考えるようになった。結果として、薩長同盟を成し遂げ、最終的には大政奉還へと導いた時代の風雲児である。

龍馬の生まれ故郷

龍馬は土佐藩の生まれ。現在の高知県にあたる。龍馬の家は裕福で、武家の株を買い取ったことで武士になった家だったため、幼い頃は食事に困ることもなく、当時としては豪華な食事をしていたのではと考えられている。

龍馬とお龍

龍馬は襲撃を間一髪のところで助けてくれたお龍と夫婦関係になる。龍馬が寺田屋で襲撃をされ、大きな怪我をしたことから、2人は霧島へ療養に出かける。今では日本初の新婚旅行と呼ばれることもある。

2. 坂本龍馬と軍鶏鍋

龍馬の好物としてしばしばあげられるのが軍鶏鍋。龍馬は盟友である中岡慎太郎と常宿であった近江屋で話し込んでいたところを暗殺される。その少し前に近くにいた峰吉に「軍鶏鍋でもこうてきてくれ」と言ったという記録が残されていることから、龍馬の好物=軍鶏鍋というイメージがついたようだ。高知県立坂本龍馬記念館のサイトによると軍鶏鍋のくだりはあったものの、それが好物であったかどうかを裏付ける資料は残っていないようだ。

峰吉が軍鶏を買って帰った頃には、龍馬は暗殺されており、中岡も重傷を負っていた。こうして、坂本龍馬は33回目の誕生日に志半ばにして、死を迎えた。暗殺の実行犯や黒幕には、さまざまな説があるが今だ謎に包まれたままである。

3. 坂本龍馬の好物

坂本龍馬の好物は、あまり記述が残っていない。食にこだわりがなかったのか、それとも記すほどの好物がなかったのか、わからない。酒豪であったことはよく知られており、計り知れないほどの酒呑みだったとされている。

故郷の味

龍馬の好物として知られているのが、鯖である。刺身に橙という柑橘をかけて食べるのが好きだったと言われている。柑橘の風味が、脂ののった鯖をさっぱりと食べさせてくれる。今でもこれは食べることのできる組み合わせなので、ぜひトライしてみてほしい。

龍馬が食べていた味

龍馬が設立した亀山社中は長崎県が本拠地。龍馬が食べたであろう食事のひとつが卓袱料理である。海外の要素をふんだんに取り入れた料理は、今でも引き継がれており、長崎が外国と通じていたことがよくわかるメニュー構成だ。よく知られているのがエビのすり身を乗せてあげたパンのようなもの=ハトシ。トンポーローと呼ばれる豚の角煮などは、非常に有名だ。そのほか、カステラなども好んで食べていたようだ。

結論

坂本龍馬の好物は、軍鶏鍋ではなく、橙のかかった鯖の刺身。ただし軍鶏鍋も大事な友人をもてなす際に出すくらいなので、本当は好物だったのかもしれない。寝食の時間を惜しんで倒幕、新政府樹立に奔走していた龍馬。これほどの人気者であっても、好物を調べるのはなかなか難しい。いったいどんなものを食べていたのだろうか?想像を巡らせるだけでも面白いかも。
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