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【福茶】の由来や美味しい作り方を紹介!正月や節分の縁起物!

【福茶】の由来や美味しい作り方を紹介!正月や節分の縁起物!

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 渡邉里英(わたなべりえ)

鉛筆アイコン 2021年1月30日

時代の変化とともに、次第に薄れつつある昔ながらの風習。大晦日や正月、節分に飲まれる福茶を知らない人も年々、増えつつあるようだ。そこで今回は、福茶がいったいどんなお茶なのかや、福茶の由来や作り方についてお伝えしよう。

  

1. 福茶とは

福茶とは、その名から容易に想像できるように、福を招く縁起物として飲まれるお茶のこと。大晦日や正月、節分などに、健康長寿や無病息災を願って飲まれている。
そもそもお茶自体が、縁起のよい飲み物であり、「朝茶は福が増す」「朝茶はその日の難逃れ」などのことわざもあるように、昔から、1日の始まりである朝にお茶を飲むことは大変に縁起がよいとされていた。
若水と呼ばれる元旦に最初に汲まれる水を使って淹れたお茶は、大福茶(おおふくちゃ)と呼ばれ、節分に飲まれる福茶と区別される場合もあるようだ。
福茶は、地域によって飲み方が異なっていて、たとえば、関西では、元旦の朝に、若水を使って淹れたお茶に、梅干し、黒豆、昆布などを入れて飲む習慣がいまも根強く残っている。
ちなみに、三毒を断ち、難を逃れるとされる「梅干し」、まめに働けるとされる「黒豆」、喜ぶとされる「昆布」は、すべて縁起のよい食べ物でもある。

2. 福茶の由来

福茶の由来は、西暦960年の平安時代の頃までさかのぼる。当時、都で疫病が流行し、人々を苦しめていた。僧侶であった空也上人が、「観音様に献上したお茶を飲めばよい」という、お告げのような夢を見て、夢の通りに、観音様に献上したお茶を民衆にふるまったところ、たちまち、疫病の流行が終息したという。
当時の天皇であった村上天皇が、このことを大いに讃え、そのお茶を、「皇服茶」とした。以来、万病を避けるために、毎年、飲まれるようになった。「皇服茶」の「服」が、「福」に通じるとされ、「福茶」として、庶民にも広まり、新年に飲まれる習慣が次第に定着していったようだ。
室町時代に入ると、当時お茶請けとして食べられていた「梅干し」「昆布」「大豆」をお茶に入れて飲むようになった。梅は年を重ねる、昆布は喜ぶ、大豆はまめに働くなど、前述のように意味を込めて取り入れられるようになった。いまでも、京都の六波羅蜜寺では、年始の行事として、無病息災を願い、梅干しと結び昆布が入った皇服茶が参拝客にふるまわれている。
古典落語の「芝浜」には、大晦日の夜に、貧乏長屋の夫婦が、2人で福茶を飲む場面が登場するが、江戸時代には、大晦日の夜に、除夜の鐘の音を耳にしながら、福茶を飲むことで、来たる年に福を呼び込むとされていたようだ。ちなみに江戸時代は旧暦なので、当時の大晦日は、いまの節分の頃に該当する。

3. 福茶の作り方

福茶の作り方は、湯呑茶椀に、梅干し、塩昆布、黒豆あるいは大豆を入れ、そこにお湯またはお茶を注ぐだけ、と、とても簡単だ。豆の数は、吉数で縁起がよいとされる3にあやかって、通常、3粒を入れることになっている。
ただ、地域によって、福茶の作り方も飲み方も異なっている場合も少なくない。たとえば、山口県の徳地町では、「三朝の福茶」と呼ばれる風習が残っていて、正月三が日は、毎朝、梅干しと砂糖を加えた福茶を飲んでいるようだ。
長崎県吉井町では、元旦に若水を使って淹れたお茶と一緒に、梅干しや大根、吊るし柿、昆布を食べるようだ。
静岡県袋井市では、節分に福茶を飲む風習があり、茶釜に豆まき用の豆を3粒入れ、その豆を、家族がみんなで、杓ですくうというのが恒例行事になっているようだ。豆をすくいあげた人は、幸運に恵まれるとされている。

結論

福茶が、いったいどんなお茶であるかや、福茶の由来および福茶の作り方について紹介した。福茶は、同じ地域でも、それぞれの家庭によって独自の作り方で飲まれている場合もあるようだ。なかなか奥の深い福茶。これまで飲んだことがなかったという人は、これを機に飲んでみてはいかがだろう。
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  • 更新日:

    2021年1月30日

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