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日本で初めてワインを飲んだのは誰?そもそもいつ日本に持ち込まれた?

日本で初めてワインを飲んだのは誰?そもそもいつ日本に持ち込まれた?

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 南城智子(なんじょうさとこ)

2020年3月26日

今や私たちの生活に根付いたお酒とも言えるワイン。しかし、ワインが日本でここまで一般的なアルコール飲料として認知されたのはほんの数十年程度のことだ。ではワイン自体はいったいいつ頃から日本に存在していたのだろうか?調べてみると、実はずいぶんと前にワインが日本に上陸していたことが分かった。今回は世界でも特に古くからあると言われているワインの、日本における歴史を遡ってみよう。

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1. ワインはあの宣教師によって日本にもたらされた?

日本に海外の文化を伝播するきっかけは歴史上に何度もあったが、なかでも重要な転機として語られているのが宣教師・フランスコ・ザビエル一行の南蛮船の来日だ。

1549年に来日したフランシスコ・ザビエルは、当時の鹿児島である島津の大名・島津貴久に持ち込んだ「赤い酒」を献上したという。この赤い酒こそがワインであったというわけだ。

現在発見されている文献の中では、ワインが登場する初めての記述とも言われているザビエルのワインは、この時島津貴久が味わったと記載されている。日本ではじめてワインを飲んだのは島津貴久であるとする説が存在している。

2. 織田信長がワイン好き?はじめてワインを飲んだ日本人?

日本にワインが持ち込まれ、誰が最初に飲んだかという話には諸説あり日本で初めてワインを飲んだのは織田信長であるという説もあるのだ。というのも、織田信長は、当時外国の文化を日本に持ち込んでいたポルトガルの宣教師たちや彼らが持込んだものに強い興味を持っていたとされているからだ。

「ちんた酒」と呼ばれていたポルトガルのワインを「血」に例えたという織田信長。確かに当時の日本に赤ワインのような色合いの飲み物はなかったはずなので、初めて赤ワインを目にした時は奇異の目を向けたとしても不思議ではない。

しかし、前述したように文献としての記録が正しければ、織田信長よりも前に島津貴久がワインを口にしていた可能性も高い。また、当時高い身分であるはずの織田信長に、外国の人間が持ってきた、まさに血のような飲み物をなんの調査もなく飲ませることもないであろうから、少なくとも先に味見した人間がいたのではないかとも推測できる。

3. 日本に初めてもたらされたワインはどんな味だった?

ワインは非常に繊細な飲み物で、現代であってもセラーのような専用の保管庫がなければ長期の保存には耐えられない。海外からの輸送には非常に気を遣うと言われている。

そんな中で、春から夏にかけての航海によって日本に辿りついたザビエル一行が持ち込んだワインがまともな状態であったというのは正直考え辛いだろう。当時のワイン造りの技術は今ほど完成されたものではなかったはずなのでなおさらだ。そう考えると、日本人が初めて口にしたワインはかなり劣化したものであったかもしれない。酸味が強く、味がぬけたようなものになっていた可能性が高い。

また、ポルトガルといえばポートワインやマディラワインといった、いわゆる貯蔵性に優れた酒精強化ワインの産地でもある。これらのワインは糖分が高く、製法も特殊であるため熱や酸化にも普通のワインより耐性がある。当時はまだこれらのワインの製法が確立されていない時代であるため、厳密にはポートワインやマディラワインといったワインがこの時日本に持ち込まれていた可能性は低いが、もしかしたらそれに近しいような手を加えたワインが日本に持ち込まれていた可能性もゼロではないだろう。

結論

ワインが具体的にいつ日本に持ち込まれ、誰が初めに飲んだのか・・・今となってはこれを確定することは難しい。しかし、当時どのような経緯で日本にワインがやってきて、どんな人が口にする機会があったのかを想像してみるだけでも楽しいものがあるのではないだろうか?はるか昔、日本にやってきたワインがこうして今も私たちを楽しませてくれていることを感じながら味わいたいものだ。

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