このサイトは、画面を 
縦にしてご覧ください。
【焼き鳥】と【やきとん】の歴史と基礎知識を解説!おつまみをもっと身近に

【焼き鳥】と【やきとん】の歴史と基礎知識を解説!おつまみをもっと身近に

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 出口美輪子(でぐちみわこ)

2020年3月26日

日本生まれのファストフードである焼き鳥とやきとん。晩酌でお世話になるという人も多いだろうが、誕生と歴史をみなさんはご存知だろうか?知ってから食べるとさらに美味しく感じるはず。今回は焼き鳥とやきとんの世界を深読み。

この記事をシェアする      
  • Facebook
  • Twitter
  • Hatebu
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

1. 日本と肉食

家畜としての伝来

鶏に限らず、牛や豚、犬などは、そもそも家畜として渡来したといわれている。鶏は夜明け前に鳴くので、時計代わりに重宝されていたという説もある。日本初の食肉禁止令が出された676年頃までは、鶏を食べる人もいたようだが、ポピュラーではなかった。

肉食禁止令

その後も日本ではたびたび、肉食禁止令が敷かれた。その結果、肉を食べるという文化から、日本人は長く遠ざかることになる。ただ、当時禁止されていたのは、役用の家畜としての鳥獣。鹿やイノシシなど野生の獣や野鳥は食べられていたようだ。

肉食文化の開花

肉を食べるという文化が本格的に広まりを見せたのは、江戸時代。町人は、「薬食い」と称して肉を食べていたようだ。さらに明治時代に文明開化とともに注目を浴びたのが牛肉。牛肉が滋養強壮に効くという説がもてはやされ、大ブームを起こす。特に人気を博したのが牛鍋であった。結果、消費量が増え供給が追い付かなくなり、牛肉は庶民には手を伸ばしづらい高級品になってしまった。そこで牛肉の代わりに庶民に普及したのが豚肉や鶏肉だ。戦後は、食生活の欧米化もあり、食肉の消費量は急激に増加した。

2. 焼き鳥の基礎知識

明治生まれ

明治以前も焼き鳥のようなものは食べられていたようだが、焼き鳥店が商売として成り立つようになったのは、明治の終わりといわれている。といっても、この頃は鶏肉ではなく、畑などの厄介ものといわれていた雀を使用していたようだ。鶏肉の焼き鳥がもてはやされるようになったのは、戦後になってからだ。

闇市と焼き鳥

戦後の不安定な世の中で、飢えに苦しむ人々の腹を満たしたのが闇市である。そこには、多くの屋台が立ち並び、お好み焼きや焼きそば、やきとんなどが販売されていた。焼き鳥もこの闇市が始まりといわれている。さらに広がりを見せたのは、1955年(昭和30年)頃からの高度経済成長期。短期間で生育できるブロイラーが発展し、鶏肉はリーズナブルな食材として庶民に親しまれるようになり、同時に焼き鳥店も多く誕生した。

地鶏や銘柄鶏で勝負

近年になると地鶏や銘柄鶏など、味わいや肉質にこだわった鶏肉を使った焼き鳥も登場。対して屋台でリーズナブルに食べることのできる焼き鳥もまだまだ存在しており、幅広いニーズに応えてくれる日本独自の食べ物として進化を続けている。

3. やきとんの基礎知識

やきとんとは

そもそもやきとんは、別名ホルモン焼きともいわれていて、豚の内臓の串焼きのことを指している。カシラ、シロ、ナンコツ、ハツ、タンなどが有名だが、豚バラ肉など、内臓以外の部位を焼いたものをやきとんと呼ぶこともある。

闇市とやきとん

焼き鳥同様、やきとんも闇市から生まれたものといわれている。食糧難だった当時、それまでであれば捨てていた、豚の内臓部分を
串焼きにして提供したところ、大盛況となり、やきとんとして振る舞われるようになったそうだ。

やきとんの発展

やきとんの魅力は、美味しさはもとより、リーズナブルであるというところ。安くて美味しい庶民の味方なのである。大衆居酒屋でも広く愛されているが、現在ではやきとん専門店も多くあり、幅広い種類の串を食べることができる。

結論

焼き鳥、やきとんともに戦後の食糧難時代に生まれた日本独自の食文化。両者ともにリーズナブルで、満腹になるまで食べられるところが何よりうれしいところ。大衆に愛されてきた焼き鳥とやきとんは、これからも我々の腹を満たしてくれるはずだ。
この記事もCheck!

おすすめ記事おすすめ記事

    ページトップへ ページトップへ
    >