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羊羹と羊の切っても切れない関係とは!?羊羹の漢字の由来を紹介!

羊羹と羊の切っても切れない関係とは!?羊羹の漢字の由来を紹介!

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 渡邉里英(わたなべりえ)

2020年7月26日

羊羹は、和菓子の中でも非常にポピュラーなもの。格式が高く、お持たせやお詫びの際にも活躍してくれる頼れる存在でもある。しかし、その羊羹、漢字で書くと羊の文字が使われている。今回はこの謎にフィーチャー。羊羹と羊の関係とはいかに!?

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1. 羊羹とは

羊羹はういろうと並ぶ、棹菓子の代表格である。棹とは木の棒を意味する言葉で、そこから長いフォルムをしたものを指すようになった。黒文字や楊枝で切りながら食べるものだが、現在は一口サイズや携帯サイズなど、幅広いバリエーションが登場している。ちなみに羊羹を1棹と数えるのはこのためだ。

羊羹のルーツ

羊羹という名の食べ物が誕生したのは室町時代頃。ただそのころはいまとはまるで異なるものであったとされている。現在のような羊羹が登場したのは江戸時代という説が有力だ。おそらく多くの人が想像する羊羹は、練り羊羹。実は羊羹には種類があり、それを総称するのが「羊羹」なのだ。

練り羊羹の特徴

一般に羊羹と呼ばれている練り羊羹。原材料は小豆餡、砂糖、寒天が主流である。寒天の力で、あんこを固めたようなイメージだ。製造工程で、寒天を溶かした水に小豆餡を入れて練りながら作るので、練り羊羹の名前がついた。非常に砂糖の量が多いことが特徴で、そのおかげで保存性が高く、常温で1年保つというものもザラ。抹茶や白味噌、コーヒーなどユニークなフレーバーもいまでは楽しむことができる。

2. 羊羹と羊

時代を遡ろう。羊羹という食べ物が日本に登場したのは、室町時代頃。実はその食べ物はその名の通り、羊を使った羹=汁物だったのだ。中国で古くから食べられていた点心のひとつと考えられており、大陸に渡った僧侶などが日本にその文化を持ち帰ったとされている。

肉食と仏教

羊の羹を持ち帰ったものの、日本ではそのころ、肉食が禁じられていた。これは仏教信仰によるもので、とくに禅僧は精進料理が基本。そのため、羊を植物性の小豆や葛などに変化させて日本オリジナルの羊羹を誂えるようになった。時が流れ、江戸時代になるとだんだんと砂糖が広まるようになり、甘みを足し、蒸しあげた蒸し羊羹が誕生。さらに練り羊羹へと発展した。

日本と肉食

いまでは肉を日常的に食している私たちだが、長い間そのような生活は禁じられていた。実際には地方では食べられていたようだが、奈良時代に天武天皇が肉食を禁じる勅語を配して以来、公には禁じられていたのだ。その期間は非常に長く、一度、戦国時代に肉食がもてはやされたが、鎖国そしてキリスト教を禁ずる情勢になり、肉食文化が定着することはなかった。結果的に一般的に食べられるようになったのは、文明開化のころとかなり最近なのだ。

3. 羊羹の種類

蒸し羊羹

もっとも歴史が古いとされているのが、この蒸し羊羹。現在でも蒸し羊羹は人気で、栗蒸し羊羹や芋羊羹など、小豆だけでなくほかの素材と合わせたものがポピュラー。寒天を使わずに蒸す工程で素材を固めるので、練り羊羹とは違い、もっちりとした食べごたえが特徴。練り羊羹より、甘さ控えめなものも多い。

水羊羹

現在食べられている水羊羹は、寒天を使ったものがほとんど。夏の風物詩というケースも多いが、福井県などでは冬に食べる水羊羹がポピュラーだ。水羊羹は、練り羊羹とほぼ同じ材料だが、より糖度が低く、軽い食感。水菓子感覚で食べることができる。黒砂糖を使って作られるものもある。

結論

羊羹のルーツは、羊肉を使った羹。中国から伝わった点心が日本独自の進化を遂げて、いまに至る。いまでは日常的に食べるお菓子ではないからこそ、たまにはお取り寄せをしてさまざまな種類の羊羹を楽しんでみるのもよいかもしれない。
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