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日本の食肉の歴史を知ろう!お肉の隠語が花の名前になった驚きの理由も解説

日本の食肉の歴史を知ろう!お肉の隠語が花の名前になった驚きの理由も解説

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

監修者:管理栄養士 南城智子(なんじょうさとこ)

2020年4月 9日

春には桜、柏もちを食べ、牡丹の花を見て、紅葉を楽しむ…この美しい単語の数々、実は肉の名前である。動物の肉に花や植物の名前がつけられたのは江戸時代。なぜわざわざ別名がついた肉があるのだろうか?それは日本の食文化に答えがある。

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1. 昔の日本は肉食禁止!食肉が隠語で呼ばれた理由

日本は豊富な水源に囲まれ、海や川からの恵みで漁獲中心の食生活だった。野菜も豊富だったので、魚と菜食が中心だったのである。

仏教による「殺生禁止」

仏教思想が強かったこともあり、江戸時代に至るまで殺生や肉食の禁止令が何度も出ている。しかし、日本人の多くは狩りをして得られる獣肉を食べたことがあり、経験的に肉が美味しいことを知っていた。禁止されているけれど、食べたい!ということで、別の呼び名をつけて肉を食べようとしたのである。肉に対する花や植物の呼び名は「隠語」で、こっそり肉食する人が後を絶たなかったようだ。

「薬食い」とは

山間部では魚が入手しにくいため、猪や鹿などの獣肉は貴重なタンパク源だった。特に冬場は滋養強壮のために獣肉を食べる習慣があり、こうして生まれた考え方が「薬食い」である。肉を食べているのではなく、あくまで「薬を食べているだけ」という建前だ。
江戸時代も徳川将軍には牛肉の味噌漬けが献上されていたのだが、あくまで「養生用」。決して食肉用ではなかったという。よほど美味しい薬だったに違いない。

2. 牛肉や豚肉が隠語で呼ばれない理由

肉の隠語はすべての食肉についていない。例えば牛や豚がそうだ。これは日本の食文化の歴史が関係している。

牛や豚は明治以降にむしろ推奨された

日本では牛や豚を食べる食習慣が一切なかったため、明治時代以降に肉食禁止が解かれてから初めて口にし始めた。隠れてまで食べようという人がいなかったので、こっそり呼ぶための隠語も必要なかったのだ。牛は明治天皇が口にされたことでようやく庶民も食べ始めたが、当初は牛や豚を食べることに抵抗が強かったようだ。

欧米は食肉文化、日本は漁獲文化

肉の隠語は日本独特だが、実は欧米も肉の呼び方に特別な種類がある。ここが欧米と日本の差で面白い点だ。欧米人は、「牛」「豚」「羊」を食べているつもりはない。それぞれ動物としての名前と食肉としての呼び方に違う単語が割り振られていて、「牛=カウ」と「ビーフ」は違う物という認識である。同様に、「豚=ピッグ」と「ポーク」、「羊=シープ」と「マトン」は別物だ。日本も魚の呼び方に豊富な単語があり、出世魚などは細かく名前が変わっていく。世界的に見ても、よく食べる肉に対しては改めて呼び方をわけて、気持ちを改めていたことがわかる。

3. 花の名前の隠語を知ろう

それでは、肉につけられた隠語について具体的にご紹介しよう。
それぞれにきちんと由来がある。

牡丹、山鯨(ぼたん、やまくじら)

これは両方とも猪のことだ。今では豚が主流だが、昔は猪が狩猟の定番だった。鯨は魚扱いなので、山にいる鯨なら食べてもいいだろうという隠語である。牡丹は、皿に盛りつけた猪肉がまるで大輪の牡丹の花の様なのでついた隠語だ。

馬肉の色が桜を連想させるピンク色なのでこの名がついた。当時の桜はソメイヨシノより色の濃いオオシマザクラだったので、朱赤から連想したのだろう。

紅葉(もみじ)

「奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき」という和歌が語源の、風流な隠語である。

結論

本音と建て前を使い分け、上手に肉を食べてきた日本人。敬虔なイスラム教徒やヒンズー教徒が聞いたら怒られてしまうかもしれないが、世界の文化を柔軟に取り入れる日本人らしい、おおらかな性質を表している。隠語を作ってまでこっそり食べたいくらい、肉は魅力的な美味しい食べ物だったのだろう。

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