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ルーとインドカレーは何故違う?独自に進化した日本のカレーの秘密。

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

2017年11月15日

メニューに困った時に大活躍、給食でも家でも大人気のあの国民食。そう、カレーライスだ。「カレー」という食文化は世界中にあるけれど、日本の「米+カレールー」というスタイルは独特である。一体ジャパニーズカレーはどのように確立されたのだろうか?

1. ルーツはインド

カレー料理のルーツはもちろんインドだが、インドでは実は全ての料理の基本調味料がスパイスで、複雑な食文化を形成している。

自宅でスパイス調合

インドにカレーという単純料理は無い。日本人から見ると全てカレー風味に見えるが、インドの家庭では食材と調味法に合わせてスパイス数種類をその都度混ぜて変化させるのだ。日本のカレーのように「この味です」的な大定番は存在せず、各家庭によって味が異なる。このため、本場のインド人に日本のカレーを食べてもらうと「非常に美味しい日本料理ですね」と言われることもあるのだとか。インド現地には日本式カレーの店もあり、ジャパニーズカレーとして提供されている。今や日本のカレーはインド人から見ても「日本料理」なのである。

カレー粉はイギリス生まれ

スパイスを求めて西欧各国が本格的にインド進出を始めたのが16世紀。カレーは当然話題の「インドの味」だったが、誰でもインド風の味を簡単に出せるよう、19世紀初頭にイギリスのC&B社がカレーパウダーを作って売り出した。カレー風味の料理はこのカレー粉で作られるようになったが、米と共に食べるスタイルは日本に輸入され独自の道を進み始める。

2. ついにカレーが日本へ

初めてC&Bカレーパウダーが日本へやって来たのは明治の初め頃。最初は敬遠した日本人も文明開化と同時に驚くスピードでカレーを展開させ始める。

歴史で見るカレー

鎖国が緩んで欧米人が日本に住むようになり、洋食文化が進むと共にカレーも定着し始めた。明治5年の西洋料理本にカレーの作り方が記載されたが、既にカレー粉と一緒に小麦粉を炒めるとある。日本のカレーの最大の特徴は「とろみ」。米にかけて一緒に食べるため、イギリスの食文化を引き継いでとろみのあるカレーが日本式になったのだ。明治37年にはカレーうどんが、明治41年にはカレー南蛮が誕生している。

明治の終わり頃今のスタイルに

当初のカレーの具は肉と玉ねぎだけ。初めは長ネギが使われていた物が、ジャガイモ・玉ねぎ・人参がゴロゴロという定番スタイルになったのは明治の終わり頃だ。このジャガ・玉・人参は世界的に見ても日本だけの定番の具である。

3. 固形のカレールーが誕生

戦時中もカレー粉として息づいた日本のカレー文化は、戦後の混乱が一息ついた頃についに大革命を遂げた。

カレーがより身近に

昭和25年頃にはカレーメーカー各社より固形のカレールーが出揃った。今も目にする機会がある会社も多いが、エスビー・ベル・キンケイ・テーオー・オリエンタル・蜂・メタル・ハウス等のメーカーが主力だったようだ。りんごとハチミツを使った「ハウスバーモントカレー」はなんと昭和38年発売で、今も続く大ヒットロングランとなっている。

偉大なカレールー

ルー、ルウとは元々フランス語だ。小麦粉と油脂を炒めたもので、スープにとろみをつける物のことを指す。日本のカレールーは米にカレーを掛ける日本式に合わせ、小麦粉・油脂・スパイス類等と調味料を加熱して水分を飛ばした物で、実に画期的な形状なのである。十分な加熱と脱水により、未開封なら常温で1年はもつ。開封後は冷蔵庫で3ヶ月が保存目安だ。冷凍も可能である。

結論

日本はカレー大国として大変幸せな国だ。外食先でナンやインドカレーを食べることも出来るし、家庭で気軽に日本式のカレーを作ることも出来る。色々なスタイルのカレーがあるが、ホッとできるのはやはりジャガイモ・玉ねぎ・人参のゴロゴロ入った日本カレーという人も多いだろう。子供達と手作りカレーを作る時、カレーのルーツについて話し合ってみるのも面白い。
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