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節分に炒り大豆をまく理由は?「大豆」にも「炒る」ことにも大きな意味があった!

節分に炒り大豆をまく理由は?「大豆」にも「炒る」ことにも大きな意味があった!

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

2020年3月 4日

節分にまくものといえば炒り大豆だ。当たり前のように行っている習慣だが、なぜ節分には炒り大豆をまくのだろうか。その理由を調べてみた。また、地域によっては大豆以外の豆をまくところもあるため、併せて紹介する。

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1. 節分に炒り大豆をまく理由

節分に炒り大豆をまいたり、歳の数だけ炒り大豆を食べたりする習慣がある。この習慣には、邪気を払い、福を願うという意味があるようだが、どのような理由に由来しているのだろうか。
古来より日本人は、米、麦、ひえ、あわ、大豆の五穀には穀霊と呼ばれる精霊が宿っていると考えていた。そして今日でも清めの行事として米をまく「散米」という行事が行われている。大豆は米よりも粒が大きいため、より多くの精霊が宿るとされ、邪気を払うのに最適だとされている。
さらに、豆は「摩目」つまりは「魔の目に豆をぶつけ、魔を滅する」の語呂合わせの意味もあったようだ。
となると、炒らずに生の豆を使っても変わらないのでは?と思うが、生の豆を使うと、拾い忘れた時に芽が出ることも考えられる。これは縁起が悪いとされている。また、「炒る」を「射る」とかけて縁起がいいとも考えられている。

2. 節分のルーツとは

節分は、平安時代の宮中行事「追儺(ついな)」「鬼やらい」が起源と言われている。
追儺は12月の末日に行われ、方相氏(鬼役、鬼神)が手下役の役人とともに宮中をまわって厄払いをする行事だった。方相氏は4つの金色に光る目があり、朱色の衣装と、盾や矛を持つ姿が特徴的だ。元々は悪鬼を祓う良い神とされていたが、9世紀頃からは疫病を象徴する悪鬼とみなされるようになった。そのため、病気の流行を封じるために弓矢で追われるようになる。
豆まきそのものは中国の明の時代の風習で、これが室町時代に日本に伝わったのだ。
また地域によっては、節分は「年取りの日」と呼ばれていて、この日に一つ年齢を重ねるとされていた。そこから、豆を年の数だけ食べるという習慣ができたと考えられている。

3. 節分にまくのは炒り大豆だけではない?

実は節分に投げられるのは炒り大豆だけではない。北海道、東北、新潟、長野、鹿児島、宮崎では、大豆よりも落花生をまく事が多い。理由は、雪深い地域では、大豆よりも落花生の方が拾いやすく衛生的だからとの説が濃厚だ。
他にも、落花生をまく地域には落花生の産地であるという説だある。例えば北海道では昭和30~40年代頃に落花生をまくようになってきたと言われており、その頃は落花生の国内生産が拡大した時期である。また、鹿児島や宮崎にも落花生の産地がある。しかし、落花生の一大産地である千葉県では落花生をまかないというのは少し不思議である。

4. 節分は実は年に4回ある!?

最後に、節分に関して意外と知らない小話を紹介しよう。現在、節分といえば2月3日を指すのが一般的だ。しかし、実は節分は年に4回あるのだ。
節分は、二十四節気という季節の分かれ目を表す名称で、いうところの立春、立夏、立秋、立冬の前日のことである。このことからも節分が年に4回あることがわかるだろう。
ちなみに、立春の前日が、現在の節分である。
節分といえば、現在は冬真っ只中の行事だが、昔の人にとっては春の訪れを感じる時期の行事だったのだ。

結論

節分に炒り大豆をまく理由には、大豆に宿っている穀霊で邪気を払うため、魔の目に豆をぶつけて魔を滅する(魔目=豆)の語呂合わせ、生の豆は縁起が悪い、「炒る」と「射る」の語呂合わせなど、様々な理由があり、豆まきの風習自体は中国から入ってきたことがわかった。
今年の節分は、炒り大豆をまく意味を改めて考えながら豆まきをしてみてはいかがだろうか。
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