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米の歴史や種類を紹介!現在の姿になるまでの足跡を追う!

米の歴史や種類を紹介!現在の姿になるまでの足跡を追う!

投稿者:ライター 諸田結(もろたゆい)

監修者:管理栄養士 黒沼祐美(くろぬまゆみ)

2020年10月11日

日本人の食卓には欠かせない「米」。日本でよく食べられていることから、日本が起源だと思っている人も多いはず。しかし、じつは米の起源は日本ではない説がある。今回は米の起源や、日本国内での米の歴史をさまざまな角度から見てみよう。世界の米の歴史や種類も紹介するので、この記事を読めば米の知識がグッとアップするはずだ。

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1. 日本の米の歴史

日本でよく食べられている米の起源は、じつは日本ではなく中国といわれている。紀元前5000年に、中国の浙江省河姆渡(かぼと)遺跡で稲穂の文様を描いた黒陶が見つかっている。米のほかヒエ、アワ、ムギなどの雑穀類も一緒に発見された。
日本で米が食べられるようになったのは縄文時代とされており、中国から朝鮮半島を経由して日本に伝わった説が有力となっている。また、一方では中国南部から沖縄に渡ってきたともいわれている。縄文時代後期には田んぼでの稲作がスタートしており、自分たちの手で米を作っていた。その証拠に約3000年前の土壌からは、稲作をしていた形跡が発見されている。そこから時代が進むにつれ現在のような稲作の形態ができたとされている。
日本の高温多湿な環境はもともと米の栽培に適しており、次第に米をたくさん所持する人が権力を持つ風潮も出てきた。お金の代わりに、米を税金のように納めていた時代もあるほどだ。ちなみに最初に日本で食べられていたのは白米ではなく、赤米と呼ばれる赤っぽい米で、白米が食べられるようになったのは、奈良時代からといわれている。

2. 米の食べ方の歴史

現代では白米や玄米を炊いて食べるのがあたり前だが、米が栽培されはじめたころは精米の技術はなかった。そのため、いまとは違う食べ方をしていたのだ。

縄文時代

縄文時代には収穫した米を、モミが付いたままで焼いて食べていたそうだ。いまのように精米はせず、そのまま食べていた。

弥生時代

少し時代が進むと、次第にモミを取り除いて食べるようになる。しかし、キレイには取れず不完全な精米だったとされている。弥生時代にはある程度モミを取った米を土器で蒸したり、煮たりして食べていた。

飛鳥・奈良時代

飛鳥時代や奈良時代は杵と臼を使って精米が行われていたが、時間と労力がかかるため白米は上流階級の人のみが食べられる高級品だった。この時代には、米を蒸して食べていたという。しかし、いまのようなふっくらとしたごはんではなく、固く仕上がった「強飯」や柔らかく煮たお粥が一般的だった。

平安時代以降

平安時代には現在の炊飯器に近い形のものが使われていた形跡があり、遺跡から釜などが発見されている。このころには米を炊く技術や精米技術も発達してきて、少しずつ現在の白米に近づいてきた。江戸時代にはふたつきの釜も開発され、時代が進むにつれて現在の形に定着したとされている。

3. 世界の米の歴史

世界で栽培されている米の種類は大きく分けて3つである。1つは日本でも多く栽培されているジャポニカ米で、丸みをおびた見ためと強い甘みや粘りが特徴。ジャポニカ米と対照的で、細長い形状とパサっとした炊きあがりが特徴なのがインディカ米。その間のような食感で、ジャポニカ米よりやや大きいのがジャバニカ米だ。
じつはどの米も「アジアイネ」と呼ばれる品種で、もとになったものは同じといわれる。中国から各地域に伝わるにつれ、それぞれの国の気候や食文化に合わせて変化していったとされている。世界で栽培されているのはアジアイネとアフリカイネの2種類のみで、アフリカイネはアフリカから北アメリカなどに伝わった品種だ。詳しい起源などは明らかになっていないが、アジアイネに比べると栽培量が少ないのが特徴である。

結論

日本人と関わりの深い米だが、じつは詳しい起源や歴史を知らなかった人も多いのではないだろうか。今回の記事をきっかけに、ぜひ米の歴史や大切さを感じてみてほしい。いまの美味しい白米があるのは、これまで生きてきた人々の知恵のおかげなのだ。米を食べる機会が減っている人も、ぜひこの機会に美味しい米をじっくりと味わってみてはいかがだろうか。
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