1. 茶の歴史
●茶の歴史
お茶は平安時代に最澄や空海が唐(現代の中国)から持ち帰り、その後鎌倉時代にも僧侶の栄西が宋(現代の中国)から持ち帰ったと言われている。このように仏教の伝来とともにお茶が日本に入ってきたのだが、当時は飲んで楽しむというより薬として考えられていた。そのことは栄西が書いた『喫茶養生記』という書物にもてん茶という抹茶の原料になるお茶の話が出てくることからもうかがえる。このてん茶は日本の緑茶文化の礎となったのである。やがて室町時代に入ると高僧や位の高い武士の間で喫茶文化が広まりをみせ、宇治茶の栽培が始められた。また、この頃日本製の茶道具や四畳半の茶室が作られるようになった。しかし、当時はまだ茶の湯の精神世界は発達せず、やがて千利休が茶の湯の哲学と審美性を与えることで茶道文化が結実したのである。
●千利休
千利休は戦国時代から安土・桃山時代に生きた茶人である。大阪堺の魚問屋「ととや」の子息であり、父が高名な商人であったため、跡取りとして品位や礼儀をみにつけるため茶の道に入る。その後、茶の湯の第一人者・武野紹鴎(じょうおう)や「侘(わ)び茶」の祖である村田珠光に師事。後に侘び茶の世界を完成させたのである。
2. 抹茶とは
●製法
深い緑色が美しい抹茶、これは直射日光に当たらないよう茶園に覆いをかけ、葉緑素を増加させることで生まれる色である。特に、高級品はよしずの上に藁をかけたもので日光を遮って栽培されるので、その緑の鮮やかさは群を抜いている。葉は非常に柔らかいためすべて手積みされ、すぐに酸化酵素の働きを抑えるため蒸気で蒸し上げたり、乾燥したりする作業が行われる。細かい製法は製造しているところによって異なるが、てん茶と言われる抹茶の原料になる茶を数種類ブレンドし、石臼で細かく挽いて完成させる。
●抹茶の保存方法
抹茶は石臼で挽いた微細な粉末であるため、高温多湿や光、移り香を嫌う。密封できる缶に入っていることが多いが、開缶前でも高温になる場所での保管は避け、冷蔵庫で保存するのが好ましい。また、開缶後も缶の蓋をぴったりと閉めて冷蔵保存する。冷凍保存もできるが、常温に戻して使う。常温に戻さないと結露で湿ってしまうことがあるからだ。また、抹茶は古くなると劣化して赤みをおびた色になる。また香りも良くなくなるので、良好な状態で保管するのが好ましい。
3. 初めてお茶席
年始の初釜をはじめ、お茶席に呼ばれることになった時、茶道の心得がなくても知っておきたいことがいくつかある。
●お菓子はいつ食べる?
お茶席というとお菓子がつきものである。お茶を点てる主人が「お菓子をどうぞ」というと、主客という主賓にあたる人から菓子器に入った主菓子と干菓子が順繰りに送られてくる。主菓子は季節を感じさせる細工が施されたものが出てくる。まず、自分が食べる前に隣の客人が「お先に」と言って一礼されるので、こちらも軽く一礼する。次に自分がお菓子を取る番になったら同じように次客(左隣)に「お先に」と言って一礼し、それから懐紙の上に菓子を取ればよい。ちなみに菓子は、お茶を飲む前に食べてしまうのが作法である。もしお茶が出てくるまでに干菓子を食べきれない時は、そっと懐紙に包んで持ち帰る。
●抹茶茶碗は2度回す
抹茶茶碗は茶碗を愛でるために客人から茶碗の正面が見えるように出される。コーヒーや紅茶、煎茶などはそのまま飲めばいいのだが、抹茶の場合は茶碗を2度回し、正面に口をつけないようにする。これは口紅や唾液で茶碗の正面が汚れないようにという配慮なのである。
結論
抹茶は飲み物であるので、味わいや香りを楽しめばいいのであるが、茶道の世界では礼儀作法が重んじられる。それこそが一期一会など利休が作り出した精神世界なのである。その美学の部分も含めて抹茶を味わいたいものである。