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知られざるバターの歴史を詳解!製造法は紀元前500年頃と同じ!?

知られざるバターの歴史を詳解!製造法は紀元前500年頃と同じ!?

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

2020年5月21日

牛、ヤギ、ヒツジなどの乳は、古くから人々に利用されていた。乳を加工したバターも、歴史は古いといわれている。しかし、現在のように食用としてではなく、別の用途で使われていたのだ。今回は、バターの歴史と利用法の変化について紹介しよう。

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1. バターの歴史

バターの起源は、はっきりとわかっていない。現在までに発見されているバターの記録は、紀元前までさかのぼる。紀元前3500年ごろ、現在の中東にあたるメソポタミアで、バターのようなものを作っている姿を描いた石板が発見された。

また、ドイツ人の研究者マーティーニによって報告されたのは、紀元前2000年ごろのインドの経典にバターのようなものが作られていたとされる記録だ。そのほかにも、紀元前500年ごろのギリシャの歴史家がバターの製造法について書き残し、旧約聖書にもバターの記述がされている。

これらの記録で興味深いのは、製造法が現在とほとんど変わらないことだ。バターは、乳を振動させたり、撹拌したりすることで、乳に拡散している脂肪分を集める。このシンプルな製造法は、撹拌する道具が革袋から機械へと変化はするが、原理としては変わっていない。

2. バターの用途の変化

現在、バターはさまざまな料理やお菓子に利用され、食用にされるのがほとんどだ。しかし、紀元前の古代ギリシャ・ローマ時代には、傷口に塗る医薬品として、また髪を整えたり肌を保ったりする化粧品として、皮製の靴や服の手入れをするクリームなどとして使用していたと考えられている。

■ヨーロッパでは野蛮な食べ物だった

現在ではバターの消費量が多いヨーロッパでは、食用以外の用途でバターが使われていた。食用に変化するのは、ゲルマン人が関係しているといわれている。ゲルマン人は、家畜の乳から作ったバターを食べていた。当時のローマ帝国ではゲルマン人が食べていたバターを、「野蛮で貧しい者が食べるもの」だと考えていたようだ。フランスの言葉に「Compter pour du beurre」というものがある。直訳すると「バターに相当する」となり、「重要性を持たない」という意味で使われる。この言葉の意味からも、以前はバターが価値のない食べ物だったと推測できる。

■変化したバターの価値

7世紀ごろのヨーロッパでは、バター、牛脂、豚脂など食用油の価値が高まり、上流階級の富や権力を表す象徴となった。食用油をたっぷりと使った料理で宴を開き、おもてなしをしたのだ。そのほかに、ヨーロッパのさまざまな国では、農民から年貢や地代としてバターを納めさせた。乳から作ることができるバターはわずかなため、農民は苦しい生活をしていたと考えられている。

3. バターと宗教との関わり

バターは食べ物としてだけでなく、宗教の儀式にも使用された。
子孫繁栄、浄化を象徴するものだったのだ。

■中世イングランド

結婚した夫婦へ「たくさんの子どもが授かりますように」と願いを込めて、バターの入った壺を贈った。

■フランスのブルターニュ

子孫繁栄を願ってバターに彫刻を施し、結婚式の装飾にした。

■インド

バターを溶かして脂肪分だけを取り出す澄ましバターの「ギー」は、古くからインドで食べられている。ギーは子孫繁栄の象徴と
され、ヒンドゥー教の結婚式では、招待客の男性がギーを食べて量を競い合うそうだ。

■ネパール

ネパールに住むシェルパ族は、バターと小麦粉を混ぜ、色を付けたトルマと呼ばれる装飾を神様のお供え物としている。

■チベット

チベットではバターを仏像に塗る風習がある。また、バターに色付けし、仏像を彫刻してお供えする。

結論

現在では世界中で食べられているバターだが、薬や化粧品などの食用以外の用途に使われていた歴史がある。時代の変化とともにバターの価値も変化し、現在のように食用になったのだ。また、世界のさまざまな国では、バターが子孫繁栄や浄化の象徴とされ、お供え物などにされている。

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